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大隈広一郎先輩 

 

社)日本空手協会 総本部 師範

段位:6段

 

『海外指導体験記~フランス

     パリ・センリス・ブルターニュ』

5月30日

10:30成田発 16:10フランス、パリ、シャルルドゴール空港2Fターミナル着

12時間30分のフライトの後、ダニエル・ロチェ氏の生徒J-P レオン氏、アレクシ氏が空港に出迎えに来てくれた。40分のドライブでパリ郊外のホテルに到着。J-Pレオン氏と再会を祝し、バーにて乾杯。朝まで痛飲した。

5月31日

12:30~13:30までパリの道場にて指導、①参加人数40名ほど ②黒帯中心 芦屋に20年いたと言うパスカル ルサージュ氏に稽古時の通訳を依頼、前蹴り、順突きを中心に技の起こり、運足を意識した稽古を行なう。

当日は1993年、永年この地にて空手の普及、
指導活動に尽力された宮崎 哲先生の命日であったので、稽古後先生のご冥福を祈り、黙祷。

その後バーで昼食、ここは飯田先生、榎枝先生も食事を取られたことのあるバーだそうだ。長々と時間をかけて昼食した後、ホテルで仮眠。   

この長々とした昼食には滞在中常に悩まされた。

19:30~20:45までパリ郊外にあるフランス国総本部にて指導、ここは、永年宮崎先生がフランスでの指導の拠点とされていたそうで、歴史ある道場であるとロチェ氏の説明を受ける。半身、正面の動きを体の伸縮、前進・後退の運足を交え指導した。ここでも宮崎先生を偲び黙祷、その後、道場にてパーティ。

ここで、宮崎先生の話を多くの会員の方からしていただいた。フランスの会員の方は今でも宮崎先生のことを偲んでおり、ロチェ氏の指導の下、JKA(日本空手協会)のスタイルに誇りを持ち、実践されている。総本部の考え方も非常によく伝わっており、毎回国内外指導者講習会・合宿に来られている、ロチェ氏、アラン・モウビアード氏、そして彼らの弟子であるJ-Pレオン氏らが協会空手道の普及に尽力されている様子が伺われた。

また、フランス人特有の気さくさ、会話好きなこともあり、しっかりと結束が図られている様子であった。

フランスJKA総本部道場で指導後の記念撮影

6月1日
パリからセンリスに移動、現在ロチェ氏が指導しているセンリスの道場に移動、ここから、宮崎先生との彼の空手人生が始まったと説明を受ける。彼にとって宮崎先生は特別な存在であり、今もその教えに沿って指導、稽古されておられる様子であった。

ロチェ氏は生徒からも非常に尊敬されており、道場にあっては威厳があり、また気さくな人柄で会員から慕われている

19:30~20:30までロチェ氏の生徒であるJ-Pレオン氏の道場にて指導 ①参加人数40名ほど②少年部、一般部初心者の白帯から黒帯まで均等に参加 白帯、色帯も多いこともあり後屈立を中心に指導、形は全員が出来る平安二段を指導した。初心者そして少年部も多いこともあり、最初はどうかと思われたが、日ごろJ-Pレオン氏が善く指導されている様子で高い集中力の下、熱心に稽古していた。

その後中国レストランにてパーティ、J-Pレオン氏ほか若手空手家と朝まで痛飲、彼らの空手に対する熱い思い、そして様々な疑問を投げかけられた。彼らは武道空手に誇りを持っており、またJ-Pレオン氏も日本にて稽古してきたことを丁寧に指導している印象を受けた。

6月2日

1時間の集中睡眠のあと、パリに移動、ロチェ氏、J-Pレオン氏と別れ、JPフィッシャー氏、ジャン・リュック氏と合流、5時間のロングドライブの後、フランス国西部・ブルターニュ地方に移動、この地は昔から海産物に恵まれ、また、観光地としても有名な場所。合宿の日程は6月3日(土)~5日(月)は3連休、月曜日が祝日・バカンスと言うこともあり、毎年この時期に合宿を行っているそうである。

海辺のレストランで夕食をとり、指導を共にするJPフィッシャー氏、ジャン・ミッシェル氏と共に明日から行われる指導内容を確認した。3日間の指導で(基本・組手を1時間と形・分解を1時間)を3クラス(初級-白帯~緑帯クラス、中級-紫帯~茶帯クラス、上級-黒帯クラス)に分けて計8回8時間指導するとのこと。J-Pフィッシャー氏から「日本での総本部での指導と同様にどんどんやってください」とのことであった。

右がJPフィッシャー氏、左がジャン・ミッシェル氏。二人はかつてフランスのナショナルチームとして大活躍されていた。今は指導者として後進の指導に当たられている。

6月3日

この日は午後のみの指導と言うこともあり、朝食、昼食をかねて観光に連れて行っていただいた。車での移動中、塩を昔ながらの製法で作っている現場に。ブルターニュ地方はヨーロッパ最大の汐の干満の差がある地方である。その干満差を利用し、大潮のとき製塩池に海水を取り込み、天日で乾かして大きな結晶となった塩をトンボのような道具で集める。この地の塩は“塩の花”といわれ、フランス料理会では最高級のものであり、高額で取引されるそうである。また、ヨーロッパで最も歴史あるビーチ、ラ・ボウ(海岸線は8キロにわたり、海辺には高級ブティック、住宅が並ぶ)、ゲランド(塩、海産物の産地で有名)という港町などを観光した。

この地に来て初指導、道場での指導かと思えば、海沿いの広場で指導とのこと、青空教室?少々驚いた。この合宿には80名ほどの会員が参加した

17:00~18:00まで中級クラスを指導、基本・組手のクラスということもあり、順突き、前蹴りを下半身の柔軟性を意識し、指導した。
18:05~19:05は上級クラスの形、形は二十四歩、分解を交え指導した。

この後、夕食をかねてパーティ、途中から青山学院大学OGの山崎由起子君が3時間のロングドライブを敢行し、合宿に来てくれた。彼女とは1998年の第7回松涛杯争奪世界空手道選手権大会をともに戦ったチームメイトである。(山崎君は女子団体形で見事優勝)彼女はフランス現在滞在4年目だそうで日本人学校(高校)にて教鞭をとる才女、科目は国語だそうである。彼女は翌日朝の稽古のあと、帰宅。「日本人学校は日本の暦通りだそうで明日、月曜日は仕事です」とのこと。

フランスのマドモアゼル達と記念撮影

6月4日

この日は午前2時間・午後2時間指導した。

10:00~11:00 初級クラスの基本、組手を指導。基本的な立ち方の特徴を説明、固定基本を中心に指導した。
11:05~12:05 中級クラスの形・分解の指導、鉄騎初段を指導、騎馬立での股間節の使い方を中心に指導した。

太陽の下、ランチそして午後の指導

17:00~18:00 上級クラスの基本・組手の指導、後の先をとることを主眼とした約束組手、その際に必要な身体運用法を基本から指導した。
18:05~19:05 初級クラスの形を指導、平安二段、分解を交え指導。後屈立での半身正面の際の股関節の使い方を指導した。

この後、合宿のパーティが20:00から開催された。ブルターニュの牡蠣は絶品で日本でも唯一気仙沼の一業者しか養殖に成功していない?らしい。フランスの人々はとにかくものすごい勢いで食べていた。本当に味わっているのかな?などと考え食べ様ものなら、「もっと食べろ、もっと食べろ」とせかされる。この地の牡蠣は絶品、チャンスがあれば是非一度お勧めです。また、スペインにも近いここブルターニュは海産物の豊かな土地なので、パエリアもまた絶品、2回もおかわりをしてしまった。

ここでも会員の方が熱心で、空手、武道について様々な質問を受けた。拙いフランス語、英語を駆使し、丁寧に答えたつもり。しかし、ダンスパーティで一緒に踊ろうと誘われるのには閉口した。

また、一緒に指導したジャン・ミッシェル氏が「30数年前に、加瀬先生の下で空手道を始めた。昔は先生とまったく会話できなかった。指導の中に説明など無かった。ただ、基本、形、組手の繰り返し。10年たって金澤師範が来られた。一つ一つの技術の説明、革命的であった。その後ドイツでの越智先生の合宿に参加した際、中先生と出会った。中先生は指導中、終止笑顔で、心から指導する喜びが感じられた。ネクスト・ジェネレーションだと感じた。今、協会で空手道を学んでいるが武道とはコミュニケーションだと思う。色々なバックグラウンド、年齢、そして考え方の人たちが道場に集う。様々な会員と稽古し、指導する。どの指導も一様でない、真剣勝負です。今は社会的責任も増え、選手時代のように稽古は出来ませんがビジネス、プライベートなど私の生活の指針は空手道が与えてくれます」とおっしゃっておられたのは印象的であった。

 

3日間の合宿を終えて参加者と記念撮影

6月5日
 
この日は午前中の2時間の指導その後昼食の後5時間のドライブの末、パリのホテルに到着
10:00~11:00 中級クラスの基本・組手コースを指導、基本技を体の伸縮を意識し、指導
11:05~12:05 上級クラスの形、分解コース、形は十手、分解を交え、指導した。フランスの方は十手のような力強い使い形のほうが合っている気がした。

6月6日
 
J-Pフィッシャー氏と12:00に中華レストランにて会食。その後シャルル・ド・ゴール空港へ現地時間19:05発JAL406便にて成田へ

6月7日

11時間50分のフライトの末 13:55 成田着 無事帰国

感想

①宮崎 哲先生の事、

宮崎先生が亡くなられた時、海外出張中、現地でその訃報に触れた話を学生時代に中先生から聞かされていた。1993年の事である。その13年後、指導者として、5月31日、宮崎先生の道場で指導に当たったことは、いろいろな事を考えさせられた。先生が亡くなられた今なお、その意志を継ぎ、日本空手協会・JKAのスタイルをフランスの地で学ぶ、ロチェ氏を始めとした、フランス人空手家達。彼らはスポーツ空手王国とも言えるフランスの中で伝統武道空手道を学んでいる。そんな彼らに自分は何が出来るのか?と考えさせられた。

②“武道はコミュニケーション”

世界中の人々が空手を学んでいる今、民族、国、地方にてよって思考法、習慣は様々であり、また個々においても同様であり、多様性を持った世界が形成されている。現在、アメリカナイズ=グローバリズムと言う画一的な世界的潮流がある。悲しいかな、グローバリズムとはWIN&LOSEな関係であり、最近の日本でも“勝ち組”“負け組”などという、薄っぺらな言葉がもてはやされている。

しかし、日本は武士道の国であり、その基本的概念は惻隠の情にあると新渡戸稲造は考え、国際連合の鏡とも言われる活躍をされたのである。彼のその精神は調和であり、現在でもその思想は受け継がれ、日本空手協会もその一翼を担っていると考える。空手道を通して様々な人々と交流を図れるのは素晴らしいことであり、そうした中で、お互いが他者との違いを受け入れ、認めることが、摩擦、闘争を生むのでなく、調和を生み、お互いが他者の利益を尊重するWIN&WINな関係を構築することに繋がるのでは?と考えた。語学が出来ることはコミュニケーションの手段としては非常に重要であるが、それはお互いを知るための一助、もしくは道具に過ぎない。道場の中で共に汗を流すことで、お互いに深く理解し、他者を認め、さらには、以心伝心の境地にたどり着くのではないか。

 

あとがき

大学時代にフランス語学科であった事もあり、今回のフランスの指導では、会話にはさほど不便を感じなかった。大学で指導いただいた、根本教授を始めとする仏語学科の先生方に感謝しています。海外の方は空手道を日本古来の伝統ある武道として学んでいる。彼らの空手道を学ぶ姿勢には「武士道精神とは何か」と言った技術のみならず、精神的な「何か」を求めている。技術的な質問のみならず、精神面、または過去の武道家の思想、しいては禅についてなど質問は多岐にわたる。若輩ながら英語、フランス語、そしてボディラングェッジを駆使し、お答えした。 
学生時代から指導いただいている中 達也師範から「日本空手協会総本部に来るなら、語学をしっかり勉強しておくように」と言われていたが、10数年たった今、その教えに感謝しています。

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